アクアが人気だというのもちょっと寂しい気がしてしまう

先日、ネットで見たニュース記事の中で、若い人の間ではトヨタのアクアが支持されているのだそうです。
扱いやすいサイズで、かつハイブリッドカーなので低燃費、そして、求めやすい販売価格というのが支持される要因でしょう。
確かに、誰が乗っても一台でじゅうぶんに用の足りる車だと思うし、古い言い方だと「コスパの良い」車だと言えます。
しかし、輸入車ではなく、国産車の上位グレードの車でもなく、アクアという選択が、なんとなく世知辛い世の中を物語っているような気がしてしまいます。
若い人の車離れや、車にまわすお金の余裕がなくなってきているというのは、だいぶ以前から言われてきています。
でも、もしお金があったら、いい車に乗りたいなと思っている人は少なくないのではないでしょうか。
今乗っている車ではなく、購入したい車というアンケートでアクアが人気だというのは、ちょっと現実的過ぎるかなという気もしてしまいます。
「いつかはクラウンに」というCMがかつてあったが、今では大きくて立派な車が将来の憧れになるわけではないようです。
でも、だからといって、別の何かが憧れになっているわけではなく、何となく生き方が迷走している感じもしなくもありません。

災害にあった時のSNSの利用について思うこと

 天災、人災、事故があった時に「こんな時でもSNSに書き込んでるなんて緊張感がない」とは揶揄されるけれど、あながち悪い事ではないと思う。
 と言うか緊急性のある事態で、咄嗟に正しい判断が出来る人間は少ないし、どうやっても助からない、そんな状況もある。
 そう言う時に慌てず騒がずネットで情報を共有したり自分から見た現場の様子を書き込んだりするのも一つの手ではないか。救助の際に手掛かりになるかも知れない、と最悪の場合も考えて思うのである。
 最後の数分で逃げ道を探すか遺書を書くか、のようなな心境も考えられる。
 実体験で被災中なんとか復活した電気でSNSに書き込んでいた時の内容は笑えるほどに辞世の句だった。
 何より誰がどれだけ一斉に書き込んでもパンクしないから、探せばいつか縁のある人が見つけて拾ってくれる可能性がある。それに専用の掲示板だと真面目な内容しか書き込めない。推敲してる間に電源が落ちたらそれまでだ。

節約メニューにもちゃんと理由があるのです。

今日は心なしか食事は節約メニューでした。朝に炊き込みご飯を炊きましたが、おかずは昨日の夕方の残りとインスタントみそ汁。お昼は出かけたのでわたしは出先でパンと飲み物で済ませました。父は自分で煮込みうどんを作ったようです。夕方には帰りましたが、思ったより1時間くらい遅くなったので、朝の残りの炊き込みごはんとまたもやおかずは残り物。さすがに何か一品作ろうということで、夏の名残のそうめんを茹で、うどんスープを使ってにゅうめんにしました。そうめんは1分〜2分くらい茹でるだけで出来上がってとっても便利なので、ちょいちょい使っています。何も具がないと寂しいので梅干しと買い置きのみじん切りネギを浮かせておきました。このにゅうめんはシンプルだけど美味しいので父には好評でした。そろそろお米がなくなってきたので、買いに行かなくてはと思っています。帰りに買い物をして帰ろうと思いもしましたが、なんせ明日に買い物するといつものスーパーで貯めているシール貯まるので控えておきました。メリハリの利いた節約術で頑張ってます。